院長ごあいさつ | おさむクリニック新聞 | 関連医療機関 | 地図・アクセス | TOP | |
〜おさむクリニック新聞から〜 |
4. 「もうあんたに全部まかせたけえ よろしゅうたのむでぇ」 | |||
(おさむクリニック新聞1999年 7月号より) | |||
いつもの通り、顔じゅうシワだらけの笑顔で私の顔をみすえて老人はそう言った。医者と患者の間の、いわゆる日常の会話ではあったが、その眼は鋭く、凄みさえ感じさせるものであった。私は、本来病状や治療法についてありのままを本人に話すべきだと考えているが、いろいろな事情でその老人に、詳しい話はできていなかった。老人の病状は思わしくなく、残された時間は限られていた。 しばらくは一人でなんとか通院していたが、それも心もとなくなってきて、そのうち家族に付き添われて来院するようになっていた、そんなある日のクリニックの廊下での言葉だった。この時は、彼の言葉の意味を私はそれほど深く考えていなかった。 病魔は容赦なく体を蝕み、残念ながら私の予測を大きくはずれることなく、状態は徐々に悪化していった。面倒な検査やしんどい治療は老人のいきざまに反するもので、入院治療は当初から望みではなかった。 自宅での療養が始まった。ベッドが移動され酸素の機械が運び込まれた。必要に応じて点滴も行われた。看護婦による体の清拭や入浴介助は、病気との戦いを忘れることのできる一瞬であり、笑顔の中に安堵の表情がうかがわれた。 やがて入浴もむずかしくなり、ついに家族の呼びかけにもじゅうぶんに反応できなくなってきたある日、混濁する意識のなかで私の顔を見て、「よろしゅうたのんどるけんなあ、まかせたでぇ」と再び笑顔で老人は言ったのである。その眼光に、もはや以前の鋭さは見られなかったが、この時、私は老人のこの言葉の意味が少し理解できたような気がした。 じゅうぶんに広い病室であったが、いよいよ最期のときを迎えようとする老人の周りには多くの身内が集まり、廊下にまで人があふれた。 ずっと彼が旅立つことを受け入れられずにいた妻は、枕元で夫に励ましの言葉をかけつづけていたが、いつしかその口調には感謝やねぎらいの感情があふれるようになっていた。子供たちは体をさすり足をさすりながら、徐々に温もりを失ってゆく父親の肌に、すぐそこにせまった死が現実であることを知らされ涙した。孫たちはおじいちゃんの手をにぎりしめ、泣きじゃくり、今、目の前で繰り広げられている、まるでドラマの1シーンような光景の中に、自分たちが存在していることに戸惑っているようにも見えた。 私は病名や病状はもとより必要な検査や治療法、場合によっては残された時間についてでさえ、患者さん本人に伝えるべきだと思っている。もし、みなさん自身が癌になったと想定して、周囲は病名も病状も余命も知っているのに、自分だけ何も知らされていないとしたらどうだろう。ましてや、にせの病名でみんなに口裏を合わされて騙されていたとしたら…。たとえ相手を思いやった結果だとしても、私は、自分自身がこのような状況に置かれることはとても許すことが出来ないし、自分の体におこっていることは、当然その体の持ち主である自分に一番に知る権利があるのが当たり前のことだと考えている。このような理由で、病状の説明は患者様本人を中心に行いたいと普段から思っているのである。しかし、いろいろな事情でこの老人には、思うような話をすることが出来ていなかった。 自分の病状があまり芳しくないことはわかっている。周囲が気を使って自分に詳しい病状を伏せていることも重々承知している。たぶん先もそれほど長くないだろうが、入院はしたくないので家で最期を迎えたい。細かく言われんでもだいたいのことはわかっとる。 「もう、あんたに全部まかせたけえ、よろしゅうたのむでぇ」の前にはきっとこんな前置きがあったに違いない。あの刺すような目はそれを伝えたかったのではないか。病床で再度この言葉を聞いた時に私はそう感じたのである。 確かに、我々はあいまいで遠慮がちな国民性を持ち、肝心なことをオブラートに包んでしまう。病気についても同じで、本人よりも家族に重要な話をする傾向がある。しかし、これはこれで良いこともあるんだよ、感づいていても分からないふりをしてすべてが丸くおさまればそれでよいではないか。老人はそうも語りかけているように思えた。 いまあなたは、まるで、人間には必ず最期があることを、そして住みなれた自宅で大往生するすばらしさを、次の世代にわが身を持って教え込むように最期を迎えようとしている。 家族の誰もが口をそろえるほどに我慢強く、ぐちひとつこぼさないあなたのたのみごとに、はたして私はこたえられるだけの十分な対応ができたのだろうか、痛み止めは効いていただろうか、苦しくはなかっただろうか…。 日付が変わって、しばらくが経過した深夜、大勢の家族や看護婦と共に、最期の時を迎えようとしている老人の顔をみながら、体の疲れとは裏腹に、妙に膨張し、破裂しそうな感覚の頭でこんなことを考えていた。 |
|||
|