10.さようなら
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10.さようなら
(おさむクリニック新聞2006年 10・11月合併号より)

 厚生労働省の人口動態統計によると、2004年に自宅で最期を迎えられた方は、12.4%だったそうです。1960年ごろまでは70%を超えていたそうなので、この半世紀で大きく様変わりしたことになります。現在、6割の方が「終末期をできるだけ自宅で療養したい」と希望しているそうですが「最期まで自宅で」と希望される方は1割に過ぎません。この数字が乖離している理由として「介護してくれる家族に負担がかかる」と「症状が急変した時の対応に不安がある」が多かったと新聞に出ていました。つまり、人生の最期の時期は自宅で過ごしたいが、ぎりぎりになったら病院に入院するのも致し方ないと考えている方が多い事になります。核家族化や女性の社会進出があたりまえとなった社会情勢を考えると、介護保険の充実した現在でも、マンパワーの不足は如何ともしがたい厳しい現実なのかもしれません。
 当クリニックでは、開院当初から在宅訪問診療・訪問看護、その延長にある在宅での看取りを細々と続けてきました。常時10人弱の患者様をご自宅で診させていただいていますが、いったん在宅医療を始めた方が、ご自宅で最期を迎えられる確率は極めて高く、70%近くになっております。私が在宅での看取りを押し売りしているせいもあるかもしれませんが、条件さえ整えば、在宅で最期を迎えるということは、たぶん皆さんが想像しておられるほど大変な事ではないという事実がこの結果につながっていると思います。在宅での療養を考えておられる方の中には「症状が急変した時の対応に不安がある」との懸念があるようですが、私の経験では、早め早めの対応が出来ておれば、実際に症状が急変して呼び出されるということは稀で、亡くなられる時まで一度も緊急の連絡がなかった方も少なくありません。では、在宅で療養する患者様をサポートする家族が楽かというと、決してそうではありません。確かにある程度は「介護してくれる家族に負担がかかる」のです。しかし、ご自宅でご家族を最期まで看取られた家族の顔には、悲しみや喪失感とともに、必ず満足感や達成感を私は感じとることが出来ます。病院の病室では絶対に体験できない、苦労や負担を上回るとても大切な《何か》を患者様もご家族も、住み慣れた我が家で無意識のうちに感じておられるのだと思います。その《何か》は、我々医療側も同様に感じとることができます。ですから、在宅療養の末に亡くなられた方やそのご家族の記憶はことのほか鮮明で、些細な事が、忘れられない思い出となって心に刻まれます。
  軽四がやっとの狭い道、傍らに咲いていたタンポポ、柵にこすったバンパーの傷、坂道を重いカバンを持って走って息が切れたこと、ベッドを動かしていて割れてしまったガラス戸、どうしても点滴が入らなかった事、入浴中に気を失ってあわてた事、痛みのコントロールがなかなかうまくゆかなかった事、薬が効きすぎて2日も目が覚めなかったおじいさん、床ずれがうまく治ってうれしかった事、処置中に腰が痛くなった事、そういえば腰痛で運転ができなくて運転手付きで往診に行ったこともありました。脱輪して近所の方に助けてらった看護師、無理やり花見に連れ出したおばあちゃん、夜中に救急車を呼んで裏庭からやっと運び出した事。汗だくになった暑い夏、土砂降りの雨、歩いて往診した雪の日。お正月に亡くなった方、旅行先から毎日電話連絡をしたこともありました。血がつながっていないのに一番親身になってがんばったお嫁さんの涙、まだ暖かいおばあちゃんの手を握って離さない孫、うまく履かせられなかった足袋、その場を仕切った親戚のおばさん。真っ赤な目で母に最期の化粧をする娘、男泣きの息子、納得できない妻、介護で強まる家族の絆、家族から帰らぬ人への感謝の言葉。こんなたわいもない思い出の中にもきっと《何か》が隠れているのだと思います。皆さんお疲れ様でしたそしてさようなら。


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